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丹保敏隆
代表 :丹保敏隆
[ 丹保社会保険労務士事務所 ]
石川県小松市日の出町一丁目112
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極東のイスラエル

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 LGBTを扱うのかと思いページを開くと関東軍参謀の辻政信が登場します。梅雨明けを待ちながらセット買いを一気読みの安彦良和「虹色のトロツキー」。南加賀にいて辻政信という名に否定的な想いはありませんが、ここでは異様な性格の狂言廻しを引き受けています。石原莞爾が構想し辻も創設にかかわった満州新京の建国大学は日系・満系・鮮系・蒙系・露系の協和を謳い、アジアの志士を孵化させるべくここにユダヤ人トロツキーを招聘する目論見があったというのです。そして、スターリンに追われ極東に現れたトロツキーは本人だったのか偽者だったのか、真相を追う日蒙混血の主人公ウンボルトの役回りにも面白いところながら、話は満州国警備軍司令官ウルジン将軍を配するモンゴル国境ノモンハンへと展開します。辻は日中戦争を阻止回避して反共勢力をまとめ増員した満蒙の部隊でソ連を相手にしようと挑発、機械化され性能的にも物量的にも上回るソ連正規軍に完敗、ノモンハン「事件」と名付けられているものです。戦線の両翼を担う騎馬軍団は味方との通信を奪われ、連絡将校として騎馬で前線を通過する主人公は「他にどこか行くところがあるか」と覚悟を決め、辻は「今!世界の中心はここだ!百万の命も惜しまんぞ」と王道楽土の成就を叫びます。
極東のトロツキーを巡って展開するストーリーにリアリティーを感じさせるのが安江仙弘大佐の登場です。 レーニン(ウリヤーノフ)もトロツキー(ブロンシュタイン)もカーメネフ(ローゼンフェルト)もユダヤ名を持ちユダヤの陰謀と揶揄されたロシア革命も、スターリンの時代にはユダヤ=ブルジョアとしてユダヤ人が粛清の標的となりユダヤ教は反宗教闘争の対象として排斥を受け、ナチスの迫害を逃れてシベリア鉄道で満州ハルビンに辿り着くユダヤ人が激増するにつれ、その扱いは反共反ユダヤとはニュアンスが変わりつつあったようです。安江は「建国の本義である八紘一宇の精神を宣揚すべき」と説いて彼らの入国を認めさせたのです。これを支持したのが昭和20年停戦後も千島列島占冠島の部隊を率いてソ連軍との戦闘を続けた樋口季一郎中将であり、ドイツからの抗議に拘わらず東条英機参謀からも入国の了解を得ています。一方、満州にユダヤ自治国家を作るという「フグ計画」なるものが存在し、満州国の開発にユダヤの資金を投入しつつソ連を抑え込んでアメリカとの全面対立を回避するというプランであり、ここに安江が加わっていたのです。計画が成就していたなら、大規模な日米戦争には至らず、満州の地にもう一つか二つソ連か北鮮のような幻の国ができたのかもしれません。
posted by 丹保社労士事務所 at 2017年08月01日 | スモールトーク

津波のない朝に海岸清掃

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 夏至を越して日の出が少し遅れ始めた休日、久し振りに早起きして白山市の海岸清掃に参加しました。梅雨空の下、半そで半ズボンでは無防備かと考えて、ゴム長と合羽に軍手と帽子の重装備で出かけたのは一応の正解でしたが、海は凪いで風がやみ、朝とはいえ少し動くと蒸し汗が浮くようになるとメガネがすべって下を向いて作業するには具合の悪い状態になりました。時間が経つうちに海から風が入って気温も少し下がり、もう少し続けてもいいかなと思う頃には腹も空いていい時間になっていました。この日、いつもと比べて海岸には空き缶やペットボトルなど人工物は少なめで、荒れた後なのか潮のせいなのか沢山の重たい藻が砂に埋まっているのが目立ちました。とても拾える量ではないとプラスチックなど土に還りそうもないものから集め始めたのですが、期待以上の人数で、手当たり次第に拾い集めると大きな流木のほかは海藻も何も残さず足跡で埋め尽くされた綺麗な砂浜になりました。海洋センターそばの駐車場を見ると大型バスが何台か停まっていて、揃いのシャツや雨具で乗り降りしているのは、近隣の企業や大学・高校の皆さんのようでした。海岸の近くで暮らしている自分達よりずっと早くから準備して参加された人たちです。ナホトカ重油漂着事件から20年が経ちますが、荒れた寒い時期に、沢山の人がボランティアで参加されていたことを思い出します。これからも色々な人たちが様々の立場でこの海に来て海岸を見守ってくれることを期待しながら、この日は清掃が終わり綺麗になった海岸からビーチスタートの小型ヨットを出してクラブレースが始まりました。本来なら2週間前に開催の市民体育大会が前日の強風のため波が残って中止になったための再レースです。出艇を見送って帰宅するつもりで渚まで歩いて、ちょっと足を濡らすくらいでいたのが膝上まで浸かってしまい、汗と潮を流してお昼からリスタートの休日でした。後で分ったのですが、清掃中に長野県で地震が発生して、輪島でも震度4と発表されていました。揺れも感じず津波の危険もなく、防災の話を聞かせてもらった翌日だっただけに、危機管理・自己管理の難しさを感じています。
posted by 丹保社労士事務所 at 2017年06月30日 | スモールトーク

避暑地の小女子

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 仕事に出るのに少し大回りして美川漁港に近くを通ると、道沿いに「美川シラス」の幟が立っていました。シラスの文字を見ながら思い浮かべているのはコウナゴで、もしかしたらスベリを湯に通すのかとも考えましたがそうではなく、ここ何年か、初夏になるとここでシラスの漁をして販売を始めたようです。シラスがジャコになりコウナゴからカマスになるのかと、とんでもない思い違いをしていた私も最近ようやく全てが別物であると分り、シラスはイワシの稚魚で、ジャコは雑魚の稚魚、コウナゴはイカナゴの稚魚、カマスはちゃんとしたカマスと理解しました。厄介なのは、地域によりコウナゴは呼び名が異なり、瀬戸内では稚魚はシンコとかイカナゴ(玉筋魚)とかで成魚をカマスゴとも呼ぶようです。ネットで見たら、カマスゴはカマスの稚魚ではなくイカナゴの稚魚で成魚はフルセとも呼ぶと記されています。さらに、コウナゴと呼ぶのは関東の呼び名でイカナゴが成魚で小女子が稚魚、東北や北海道に行くと成魚はメロウドとかオオナゴとかになるそうで、関西に近い越前や南加賀で関東の呼び名が通っているのが不思議です。いま急に呼び名を変えた訳でもなく、蓮如上人が北潟に投げ入れた紙こよりからコウナゴを生じたという吉崎の七不思議でも「小女子」と伝わっているようです。このコウナゴというのは砂地の海底に潜って夏を過ごすとか、今年は吉崎に近くまだ防砂林も残る塩屋の港に揚がった小女子を食べることができました。水温の高い瀬戸内では春にイカナゴの釘煮ということになるようですが、こちらでは風も温まる5月頃が時期で醤油とちょっと高級な日本酒で火を通して汁を残しています。僅かの量でもご飯は食べ過ぎお酒は飲み過ぎ、連休の時期に家で初夏の時間を過ごすには気軽な楽しみの一つです。折角なので美川シラス、湯で洗って酢でしょうか、酒の好きな父がハマボウフを摘んでいたことを思いながら、父親の祥月に気がつきました。
posted by 丹保社労士事務所 at 2017年06月08日 | スモールトーク

6秒で人生を変えるアンガーマネジメント

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“6秒で人生が変わる”というのがアンガーマネジメントのキャッチコピーでした。入門講座で教わったのは、怒りのピークは6秒しか続かないので、この6秒をやりすごすと怒りをやわらげることができるということでした。これが「怒りの6秒ルール」といわれるアンガーマネジメントのノウハウのひとつです。「怒り」は、もともとは、動物が自分の身の危険を感じたときに感じるもので、生死にかかわる行動を起こさせる根源的・原始的な重要な感情であって、衝動をコントロールして自分が怒っていることを上手に表現する必要があり、アンガーマネジメントによって「怒るな・我慢しろ」ということではないのだそうです。自分の怒りに気づき怒りの感情によってどのような言動をするのかということが一番の問題で、アンガー(イライラ、怒りの感情)をマネジメント(どうしようもない自分の怒りと後悔しないように付き合う)することで、「怒り」の上手な表現方法・対処方法を身に着けて怒りのエネルギーをもっとボジティブに使おうというのがねらいになります。アンガーマネジメントは1970年代の米国刑務所における一つの学びとしてプログラムに採用され、今は社員研修として取り入れられ、スポーツ選手や政治家・子供たちまで幅広い人々が学んでいるそうです。アンガーマネジメントには3つのポイントがあって、一つは衝動の「6秒ルール」、そして思考の「べきギャップ」と行動の「受容分岐」です。怒りの正体は自分の願望や欲求である「べき」であるとされ、「こうあるべきだ」という信念が否定されたと感じてそのギャップが誰か何かに向けられると怒りになるので、怒りの原因を冷静に相手に伝えることができれば人間関係を発展させることができて、自分の思考とは違う周囲の「べき」の境界を理解しておくと相手の怒りが理解できるということになります。そして「受容の選択肢」、怒ること行動することで状況を変えられるならばコントロールすべきですが、変えられないことや、コントロールできないことや、重要でないことはほっておいていいということです。怒りは、身近な対象に対して強度(激昂)・持続(根に持つ)・頻度(イライラ)・攻撃性(傷つけ壊す)高く顕れ、矛先を固定できず伝染しやすい性質を持つもので、他人を傷つけず、自分を傷つけず、モノを壊さず、自分が怒っていることを上手に表現するのは、職場でも家庭でも人間関係を維持するには大事なことです。できることとできないことを選別してできることは努力する、できないことはそれを受け入れる勇気を持つということでしたが、他人を替えることは難しく自分を変えることが近道のようです。 
posted by 丹保社労士事務所 at 2017年04月13日 | スモールトーク

冬のエアコン大修理

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 昨年の暮から一月近くかけて、事務所の駐車場が融雪装置の工事に入りました。これまでもゴムホース状の融雪はあったのですが、舗装のアスファルトを全部まくり上げて再舗装してから切り込んだところに融雪用の配管を埋め込んで、年末には本格的な融雪の設備が出来上がりました。これまでだとホースから思わぬ方向に水が吹き上げてきてコートを濡らしたり時には靴の中に飛び込んだりしましたが、今は除雪の心配をすることもなく気持ちよく出勤できる状態になっています。実は、融雪装置の稼働を楽しみにしている様なところもあったのですが、活躍するほど雪が積もることが少なくこの効果を検証するのは来季になってしまいそうです。ところで、この冬は大寒を過ぎても氷点下になる日がほとんどなく、雪が積もるどころかミゾレか雨ぐらいしか降らないままに過ごしていて気が緩んだのか、正月明けに久し振りに動かした事務所のエアコンが故障してしまい冷たい風しか出なくなりました。さすがに、氷点下ではなくても指先が冷えては仕事にならず、空調設備の業者の方に点検してもらったところ、室外機の基盤の取替が必要になるとのことでした。ただ、この修理には大きな問題があって、屋外作業のため晴れた日が続くときでないと部品が濡れてしまい故障の原因になるのだそうです。積雪は少なくても北陸の冬に晴れた日が続くことなど滅多になく、気流の乱れた空に雲が切れて日が射し込むぐらいでは修理ができず、久し振りに晴れたと思って電話しても先約があって順番待ちだと後に回されてしまいました。どうしようもないので、自宅で使っていた灯油ファンヒーターを持ちこんでフル稼働させ、これだけだと上ばかり温まるので扇風機を使って空気をかき混ぜることで何とか持ちこたえました。エアコンは修理が終わり、ファンヒーターも我が家に戻って一休みというところです。事務所の窓越しに見る南の空はもう春ですが、陽射しに誘われて外に出てしまうとまだまだ風は冷たく、もう一月余りは暖房に頼る日が続きます。
posted by 丹保社労士事務所 at 2017年04月07日 | スモールトーク

生きるリスクと言われること

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 昔なら生きているだけでも運が良かったと言われる癌のような病気でも、医療技術と健康保険の充実により、退院して治療を続けながら生活できるレベルまで回復するようになっています。ただ、会社や同僚への遠慮と治療に専念する気持ちもあって早々に離職してしま人も多く、費用の嵩む長期の治療を続けながらハンディ付きの求職活動をしても就職は困難で、病気は克服できてもその先に「生きるリスク」が続くということです。そこで言われるのが“治療と職業生活の両立”ということで、「不治の病」の多くが「長く付き合う病気」に変化していることを理解したうえ、個々の就労のために就業上の措置を講じて治療に対する配慮を行うことを健康確保対策と位置付けて、この環境整備の取組がガイドラインとして厚生労働省から示されています。産業保健センターで促進委員をしている社会保険労務士の方の話によると、病気そのものや職場復帰について本人も会社も理解していなことから「退職」という選択に至ることが多く、まず両立支援についての周知と啓発が求められるようです。そして、実際に就労を考えるにあたって困るのは、先の見通しが分らないため労使共にどうしていいか分らないということ、従業員は病気再発の不安を抱え事業主は病者の就労に責任を感じるということだそうです。そのため、この取組について本人からの申出を前提に会社がフォローする仕組とし、個人情報保護を明確にして本人の仕事の情報を主治医に提供したうえ就業上で必要な措置等に関する意見をもらい、会社は産業医の意見も聞きながら復帰の可否を含めた就業上の措置を決定し実施することになります。このとき、会社として難しいのは、主治医が治療の対象となる患者としてしか本人を見ておらず、ほとんど病院よりほか職場を知るはずのない主治医に対して意見をもらうことができる程度に具体的な仕事の情報を提供するということがあります。まだ始まって間もない取組で、ワークライフバランスあるいは雇用のダイバシティということにもなりますが、従業員本人にとっては仕事の継続と収入の確保、会社事業主にとっては人材確保とモチベーション向上、医療機関にとっては治療の継続と支払能力の向上、そして社会的には就業により社会とつながり活躍する人が増えることに意義を見出されています。
posted by 丹保社労士事務所 at 2017年02月13日 | スモールトーク

白山1300年にディープな石川

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 あらたまってヤマといえば白山とのことを云うのが明治生まれの祖母であり大正生まれの母でした。西の砂丘地の防砂林も身近なヤマでしたが、遥か東に横たわる白山は形容詞のつかない特別な「ヤマ」でした。加賀平野に暮らす者にとってのザ・ヤマである白山は今年2017年が養老元年(西暦717年)の泰澄大師の開山から数えて1300年にあたるそうです。この白山について観光マイスター辻さんから研究会の場で話を聞く機会がありました。白山は修験道の山として開かれ、古くは越前(平泉寺)‣加賀(白山比盗_社)・美濃(長滝神社)の三馬場から入山し、現在の石川県側市ノ瀬からの登山道は越前禅定道の一部とされています。NHK大河ドラマ真田丸に映しだされた真田屋敷床間に掛かる「白山大権現」軸は真田の産土神である山家神社の白山信仰に依るもので、全国3000社を数えるという白山信仰の広まりが分かります。白山比盗_社に祀られる菊理媛(ククリヒメ)は小松(高麗津)と結びつけて高句麗姫とされることもあり、その信仰は美濃石徹白の御師と呼ばれる人達が冬場に薬草や御札を持って布教活動して全国に白山神社を拡張させたそうです。白山神社は石川県より岐阜県に多く、福井県・新潟県・愛知県にも多くあり、白山山頂の領有には争いのあったことが伝えられています。江戸時代に加賀尾添と越前牛首の住人による白山争乱により白峰は天領とされ、境界住人は能登門前の山是清に移住させられたことが最近になって分かったそうです。その後、加賀藩に仕え石川県庁に務めた森田平次により明治になってから白山頂上は石川県に編入され、平成になると山頂を有する山手の村々は松任・鶴来・美川と合併して日本海に面する「白山市」となっています。一向一揆や廃仏毀釈を経て加賀平野のシラヤマさん信仰は遠い昔に変質しているのでしょうが、折々に仰ぎ見る白山からは時に厳しくヤマの力を与えられ時に優しくヤマの安らぎを与えられています。そして、北陸新幹線開通で首都圏から白山比盗_社に詣でる人は、結界を超えてナマのお神楽に遭うと金沢にはないディープな石川に踏み入れることができるようになりました。
posted by 丹保社労士事務所 at 2016年12月30日 | スモールトーク

はとバス食いだおれツアー

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 正月ラグビーが先だったかプロ野球開幕戦が前だったか、東京に遊びに出たのは久し振りのことです。月曜日の研修を日曜日に前泊の日程を組んで、小春日和の東京都内をはとバスの人気ツアーで巡りました。このコース、朝昼晩の三食がセットになっていることを目玉にしていて、最近のテレビ番組で紹介されてから参加者が多くなったそうで、ちょうど増発便を出していたのでこれに乗せてもらうことができました。車窓から富士山を望みながらの北陸新幹線が東京駅に到着したのは8時30分ころ、すでに金沢駅から乗り込んですぐにコーヒーとサンドウィッチやら何やらで少し腹ごしらえをしてからのスタートです。9時10分発車のツアー増発便はほぼ満員でした。もしかしたら、京都の観光地のように、日本語の通じない人達が大勢いるかも知れないと思っていたところ、乗客は見た目にみんな日本人ばかりでテンションは緩みました。江戸味覚食い倒れツアーとネーミングされたはとバス人気ツアーの最初の訪問地は築地場外市場、ここで握り寿司の朝食です。金沢の回転ずしと比べつつ軽く平らげてから、市場の混雑の中を通って報恩講の案内板の上がった築地本願寺へと一回り、もう一度、食い過ぎないよう気をつけながら市場を抜けました。次は昼食。秋の陽射しを受けながら荒川沿いの高速道路をゆっくり時間をかけて柴又まで移動です。まずは、老舗川魚料亭で穴子丼が準備されていました。ウナギでなくアナゴということで何となくサラッと食べ終え、大判焼をほおばりながら帝釈天から柴又駅あたりを散策しはとバス優待料金で寅さん記念館に入ってみると、懐かしい16ミリフィルムを大小の缶ごと展示してあります。ここを出てからたっぷりと水を湛える江戸川の堤防を歩いて料亭に戻りました。午後は両国、国技館の焼き鳥の話を聞きながら巨大な江戸東京博物館を歩き回ったのはいい腹ごなしです。そして、夕食は、東京スカイツリーを眺めながら着いた浅草の天ぷらでした。雷門から仲見世を歩きながら気になる人形焼きを食べてから、天ぷら屋さんでビールを飲んでいたら日が暮れて浅草寺は閉門しライトアップしていました。
posted by 丹保社労士事務所 at 2016年12月03日 | スモールトーク

十年目の展示会

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 地元の能美市商工会の合併10周年を記念する展示会・物産展に石川中央労務研究所として出展しました。商工会に加盟する事業者の皆さん数十社が参加される中の1ブースをお借りして、出展にご賛同いただいた研修スタッフの皆さんにご協力いただき、ポスターを掲示しDVDを流しながらチラシを配布するという形になりました。このような展示会に参加するのは初めてのことで、当日はどのような方に来て頂けるのだろうと考えながら、来場数も分らず配布資料をどのくらい準備していいか分らないままにスタートしました。社会保険労務士事務所としての参加ではなく石川中央労務研究所として、複数のスタッフにより幅広い領域から人材育成・福利厚生・事務代行など人的資源の活性化をサポートするというコンセプトを固めて、ヒトづくりと企業風土の醸成を意識して臨みました。何人かが集まって準備を進めるなかで、無料の社員教育診断や助成金診断、採用や配置のための適性診断、各種セミナー研修のスタッフ紹介、パワハラセクハラマタハラ対策、育児休業からの職場復帰支援、選択制確定拠出年金の案内、労働災害の防止と補償、などなど自分たちが皆さんにご紹介できるコンテンツを盛りだくさんに抱えていることに改めて気がつきました。実際の来訪は期待したほど多くなく、特にいわゆる一般客が少なく、出展企業のスタッフが目立つ状態で、50部ほど用意した配布した資料が少し余ってしまいました。展示会ということで営業部門の担当が多かったのですが、企業の人材育成や福利厚生に関わる自分たちの立場からすると、企業内部の方と接する機会を得ることができたと考えればそれなりの評価はできるものと考えています。そして、出展して得ることのできた一番の成果は、出展のための準備のプロセスを経て、自分たちのできること期待されることは目の前に多くあることを確認できたこと、実現の途は自分たちで切り開く必要があることを明確にできたこと、この二つのようです。
posted by 丹保社労士事務所 at 2016年11月03日 | スモールトーク

知ると不安な情報セキュリティ

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 士業やコンサルタントなど異業種の人の研究会で、ITコーディネーターの話を聞く機会がありました。普段からメールやFacebook、仕事ではe-Govや電子申請など、私達はITから避けることのできない環境下にいますが、これまで情報セキュリティについてきちんとした話を聞く機会がありませんでした。ITコーディネーターというのは小規模企業のIT活用を支援しIT経営を実現するプロフェッショナルであり、企業の情報資産の保護と情報システムの安心安全な利用を図ることが情報セキュリティの目的だということでした。近年の情報セキュリティの脅威は多く出現し、カード情報の不正利用や標的型攻撃そしてランサムウエアと呼ばれる身代金要求型のものもあって、小規模企業においてもこれに対抗できるよう最低限の対策が必要だということです。まずOSやソフトに関してはバージョンチェッカーなどで更新状況を確かめて最新の状態に維持すること、ウイルス対策に関してはウインドウズだけに頼らず無料でも十分なので確実なソフトを導入すること、そしてパスワードに関しては8ケタ英数記号を交えたものにして6か月に一度は更新するなど適切な管理をすること、いつも言われていることですが手落ちのあるところです。さらに、メールやFAXの誤送信も重要なセキュリティ対策でありクリック前の再確認は大切なことであり、問題発生時に備えてシステムイメージのバックアップを取って回復ドライブを用意しておくことも有効であるということでした。日常の業務に欠かせないITの足許を固める情報セキュリティですが、思わぬところに穴があるような気がして聴くほどに不安が広がり何から手を付けるべきか迷ってしまいます。
posted by 丹保社労士事務所 at 2016年10月02日 | スモールトーク