プロフィール

丹保敏隆
代表 :丹保敏隆
[ 丹保社会保険労務士事務所 ]
石川県小松市日の出町一丁目112
HOWDID118-202
TEL 0761-24-1005

お問い合わせ

丹保社会保険労務士事務所へのお問い合わせ
丹保社会保険労務士事務所へのお問い合わせ

※お気軽にお問い合わせください。

  • off share オフショア
  • Tambo's スモールトーク
  • アシスタント Blog
  • スタッフ on WEB
  • 採用情報
  • プライバシーポリシー

メールマガジン


【メルマガでーす】
丹保社労士事務所では労務関係の価値あるメルマガを配信しています。無料ですので、どうぞご登録くださいね。
メルマガ登録
登録 削除
powered byメール配信CGI acmailer
メルマガバックナンバーもご覧ください。


寺山修司記念館

三沢市にある寺山修司記念館のタイトルでは「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」となっています。しかし、私が憶えていたのは「マッチ擦る海峡に霧深し見捨つる程の祖国はありや」、こんな歌だったのです。“海峡”の部分は、大間崎から乗ったフェリーの風景が重なってしまい間違えていたようです。ただ、この歌の「みすつる」が“見捨つる”なのか“身捨つる”なのか、祖国のために身を捨てることを想う寺山修司のイメージが成り立ちません。身を捨てるに値する祖国を求めたのか、それとも、見捨てようにも心の内には捨てるべき祖国がないことに気づいたのでしょうか。
私が子供の頃はまだ、特攻隊で出陣せずに終わったという先生や台湾でタカサゴ族(先住民)を教化したという経歴の先生達が残っていて、“死んだつもりで新しい国をつくる”と話されたことを覚えています。“新しい国”の平和憲法しか知らない私にとって、憲法の改正とは祖国が消えてしまうことのように感じています。微かな思いではあっても捨てようのない自分の国があることは確かです。







posted by 丹保社労士事務所 at 2006年10月01日 | スモールトーク
 銀塩フィルムやフィルム式写真機の製造中止の発表が相次いでいます。デジタルカメラが普及したためで、自分でもここ一年ほどはパソコンの画面と映像添付メールの送受信で済ませてしまい、写真屋さんへプリントに出さずフィルムも使うことがありません。でも、森山大道や中平卓馬のアレ・ブレ写真で目覚めた者にとっては、ザラザラとした粒子の銀塩写真にはこのまま消えて欲しくないという思いがあります。時間をおいて記憶を成長させるようなスライド写真にも残っていて欲しいという思いがあります。
 父の形見のようになってしまったキャノンのF1は、手入れもしないまま二十数年が経ちますが、このフォーカルプレーン式シャッターは今でも金属音を残して作動します。このずっしりとした鉄亜鈴のような写真機を手にすると、露出計の電池も切れシャッタースピードに正確さは期待できないので、高感度のモノクロフィルムをセットして暫らく何処かへ旅に出たくなるような衝動を覚えます。







posted by 丹保社労士事務所 at 2006年10月01日 | スモールトーク

ツーリング

 もう随分と昔の夏のことですが、京都まで旧道を使って、日帰りのツーリングに出掛けたことがあります。私はクランクケースにオイルの滲んだホンダのバーチカルツイン、連れはボイラーサウンドが響くヤマハの2スト水冷、ともに中古の250CCでした。早起きしてスタートしたのですが、事件は途中の峠道で起こりました。ヤマハのクラッチが効かなくなったのです。アップダウンの多い道を、回転を合わせて騙しながらギアチェンジして、何とかバイクショップの看板を見つけたものの、クラッチワイヤが切れているのにお盆休みでパーツが入らないとのこと。
 どこかに在庫があるかもしれないと、少し戸が開いていた自転車屋さんに入ってみると、ステテコの親爺が箸を握ったまま奥から出てきて、事情を話すと、「飯を食うまで待て」と引っ込んでしまいます。時間の無駄かと思い始めた頃、着替えて出てきた親爺はさっと修理を終えてしまいました。「昔はこうやって部品を作ったものだ」と、当たり前のことのように話してくれました。実は、店の奥に引っ込む前にハンダごての電源を入れて、こてが暖まるまでの間に飯と着替を済ますという段取りだったのです。おかげで何とか銀閣寺までたどり着き、使い込んで燻し銀のようになったイーハトーブのお出迎えをうけて無事に引き返しました。







posted by 丹保社労士事務所 at 2006年08月01日 | スモールトーク

エイプリルフール

エープリルフールは私の禁煙記念日です。何度もチャレンジして簡単に1日1箱まで減らしながら、挫折を繰り返していました。禁煙の意志は硬かったのですが、その分、力みすぎていたのかも知れません。それが、十数年前の4月1日に冗談半分に軽く禁煙宣言して、その後は一気に禁煙が続いています。今もタバコの煙が流れてくると旨そうに思うことがありますが、大抵は古くからの強いタバコです。ピースやホープは箱を見ただけでおいしそうです。でも、何とかライトとかマイルド何とかいうのは、臭くて煙たいだけで、これにはタバコの匂いも旨さも感じなくなりました。
勝手なもので、禁煙してしまうと上等のタバコでも他人の煙が迷惑で、息を浅くしたり場所を変えたりするのと別に、心理的にも「絶対に吸わないぞ」と自分に思い込ませる分だけストレスがかかります。気がつくと、団体旅行や宴会が次第に苦手になってきました。観光バスは禁煙が常識になりましたが、宴会はまだそんな訳にはいかないようです。







posted by 丹保社労士事務所 at 2006年04月01日 | スモールトーク

男の正月料理

 正月元旦の朝の料理は父親が出すことになっていました。お神酒と鮒なので料理とは言えないかもしれませんが、母親が雑煮を作る前に、これだけは父親の役割だったと覚えています。正月前になると、市場でほどよい大きさの鮒を買ってきて泥をはかすところから始まり、コップ酒を片手に七輪で焼いてから、大鍋にお茶をたっぷりと入れて煮ると、一日では終わりません。翌日、冷めて煮汁がベロベロになるのは、寒露煮や佃煮では味わえないものでした。難しくもないので、もう少しスローフードの伝統を教わっておけば良かったと思っています。浜処ということもあって、爺さん連中は普段から魚を捌いていたのですが、私が父親から習ったのは包丁を研ぐところまででした。誰かに教わらなくとも、男が魚を料理するのは当り前だったのです。







posted by 丹保社労士事務所 at 2006年01月01日 | スモールトーク

お墓参り

 今年のお盆は雨の降る日もあって、あまり遠出もせずのんびりと過ごすことができました。これは、7月に山歩きに誘われて参加できなかったので、お盆に行ってみようかと思いながら、天気を見てやめてしまい時間ができたというのが実際のところです。
 のんびりしたとはいうものの、ここ何年かの内にお参りするお墓の数がだんだんと増えて、あちこち移動しようとすると1日では廻りきれません。金沢・松任ではお墓にキリコを供えますが、板キリコに変わってきたのは後始末を考えると仕方ないとはいえ、名刺配りのようで寂しさも感じます。不思議なのは浜筋で「はかローソク」と呼ばれる黍の茎のようなものに少し蝋を塗ったローソクで、これに一ぺん火が着くと浜風の中でもなかなか消えません。お盆にしか使わないのに、毎年、母が必ず買って置いてあるのを見ると嬉しくなります。







posted by 丹保社労士事務所 at 2005年08月15日 | スモールトーク