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丹保敏隆
代表 :丹保敏隆
[ 丹保社会保険労務士事務所 ]
石川県小松市日の出町一丁目112
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風力発電

 相川海岸の風力発電が停止して2年余りになります。デンマーク製のプロペラへの落雷が続きとうとう修理を諦めてしまったようです。エコロジストのつもりはないのですが、風を電気に変えるプロペラをランドマークにして、埋没林の上を海で風で走る小型ディンギーのセーリングを教わっていると、地球環境に優しいものは沢山あってもそこまで気が回らないことが多いことが分かります。
 外洋のマグロが食卓に出るまでのエネルギーは、造船や燃料・保管・流通など、食物としてのカロリーを遥かに上回るそうです。食料自給率が下がっている日本では多くの食物が同じようなことになっているのではないかと思います。しかも、食料品だと思っていたものがいつの間にかバイオエネルギーの原料になっているとかで、グローバル化といっても、商品作物を安く売って自分達の食料も買えなくなったという話を聞きます。草むしりばかりしているよりも、イモかマメぐらいは自分で作るべき時期に来ているのかも知れません。







posted by 丹保社労士事務所 at 2007年05月02日 | スモールトーク

山の温泉

 自動車で田舎道を30分というと、距離にすると20kmを超えるかもしれません。これぐらいの時間と距離であちこちを動き回ることのできる能美・小松の地域の便利さを実感しています。先日、午前中の研究会が終わったあと、太田先生のご案内で瀬領温泉まで出掛ける機会がありました。山の温泉ですが道路は整備され,雪さえ降らなければ事務所から僅かの時間で行くことのできる場所です。350円で露天風呂にサウナ付き、畳の休憩室もあります。車なのでビールは飲めないものの、土曜日の午後をのんびりと過ごすことができました。まだ雪が舞う風の冷たい日で、人が少なかったのも良かったのかもしれません。ボーリング技術が発達して、このあたりでは古くからの温泉地と離れた意外な場所でも「温泉」を掘り当てています。ゆったりとして快適な湯に出会うと、気が向いたときにはいつでも浸かれるように、これからは車に入浴セットを備えておこうかと考えてしまいます。











posted by 丹保社労士事務所 at 2007年04月02日 | スモールトーク

能登半島沖地震

 この度の、能登半島沖地震では皆様からお見舞い・ご心配をいただき、有り難うございました。心より御礼を申し上げます。

 休日の朝のゆったりとした時間に揺れが来ました。実際の時間より遥かに長く地鳴りと揺れが続いているように感じ、立とうか座り込もうかという判断にも時間がかかりました。しばらく、電話も携帯も発信規制がかかっていた様子で連絡がとれず、ニュースでは富山県の報道ばかり入ってきたのは少し困りました。私の生活している地域は、石川県でも南よりで震源地から離れていたため、被害というほどの被害は発生しておりませんが、今でも、たび重なる余震に、もっと強く揺れたらどうしようと不安になってしまいます。

 地震の数週間前、震源に近い門前(今は輪島市に合併)まで蕎麦を食べに行ったのですが、本当に若い人は少なく、善哉を出してもらった総持寺の修行僧とイベントのお世話をしている町の職員より他はお年寄りばかりという感じでした。観光と公共事業でなんとか成り立っている地域のようです。当面のご支援は必要なはずですが、自分の足で立つこととも大事かと思います。今すぐでは厳しいでしょうが、落ち着いた頃を見計らって、できれば二泊か三泊ぐらいの予定でゆっくりとお越し戴くと歓迎されるのではないでしょうか。







posted by 丹保社労士事務所 at 2007年03月29日 | スモールトーク

暖冬

 雪のない冬は落ち着きません。例年なら、雪すかしで運動不足を解消してから温泉で疲れを流すような日があるのですが、この冬は陽の当る南の部屋でのんびりと雑誌を広げたり、サーファーもいない穏やかな海岸で波が打つ様子をぼんやりと眺めたりと、いつもの冬とは勝手が違いました。早々と重たいスタッドレスタイヤに履き替えた4WD車にも申し訳ない気がします。燃費は落ちるし、加速は悪いし、タイヤは磨り減るし、でも、怖い目には会わずに済みました。本当のところ、凍てついた夜道を帰るのが不安で夜間講師の引き受けを迷ったのですが、これは全くの取り越し苦労に終わりました。ただ、残念なのは、気分が落ち着かないせいか、野菜がたっぷりとあるのにブリ大根やかす汁やとり野菜など食べる機会が減ったことです。もっとも、かぶら寿司もダライオ(ゲンゲ?)もちゃんと食べさせてもらいました。











posted by 丹保社労士事務所 at 2007年03月01日 | スモールトーク

くにのかたち

 随分と前のことですが、“あなたの国はどんな国ですか?”と尋ねられたことがありました。美国でも米国でもなく、想いうかぶのは渚だけでした。そして、その後“あなたの国の中には何がありますか?” と尋ねられ、“あなたの国は「玉」(ギョク=天皇)のいる国ですか”、“あなたの国は「或」(ホコ=武器)を有する国ですか”、“あなたの国は「八方」(ハッポウ=宇宙)を支配する国ですか”、“あなたの国は「・」(テン=一人)だけの国ですか”、それとも“あなたの国の中は「 」(カラ=空白)ですか”、と質問は続きました。
 その時、私のメモに書いた国の字は、構えだけで中は空っぽでした。実際、想いは外に向き、内を考えていなかったのです。天皇も武器も何も無くても自分の国があると信じていたのかもしれません。今、“とよあしはらのみずほの国”、“すめらみことのまします国”、は多くの想いを混ぜ込んでテトラポットに囲まれています。









posted by 丹保社労士事務所 at 2007年02月01日 | スモールトーク

ナホトカ

  ナホトカ重油流出事故による海岸汚染から10年になります。ずっと海の傍で暮らす者として、この時に「何もしなかった」ことは、年が経つ程に大きな失敗だったと覚りました。あのままでは自分を失いかけていたようです。海に近く、地名も“浜”、学校名も“浜”、砂の上で育ちました。うれしい時も困ったときも、何でもない時にも、訳もなくぼんやりと浜に出ると気持が鎮まるのです。余りに当り前のことでした。
 阪神地震で既にボランティア活動は社会的には受容されていたのですが、当時、職場の管理と別次元で活動する自主的なボランティアを反体制活動家のように扱う雰囲気の中で、自分にできる筈の事さえ何もしないままに春を迎えてしまいました。私よりずっと忙しい地元企業の社長さん達が誇りを持って参加されていたことも後になって聞きました。後ろめたさを抱えながら、ボランティア基地となった海洋センターのセイリングスクールで「海は機嫌のいい時に少しだけ人と遊んでくれる」と言われ、夏の海に出る機会もできました。浜風の通る玄関脇にはハマナスとクグミの木も植えてみました。







posted by 丹保社労士事務所 at 2007年01月04日 | スモールトーク

鳩ヶ湯温泉

「平坦なのでスニーカーでOK」との案内で、休日に早起きして越前大野の苅込池へ秋のハイキングに出かけました。一週間前から天気予報は“雨”、ところが前日になると日中の雨の予報は消え、歩き始めた頃にはブナの樹の間から優しい陽が射してきました。落ち葉を踏んで登山道に少し入ると広葉樹の林で、紅葉のピークでした。泰澄大師のヘビ退治の看板を脇に見て、この方は白山のヘビを敵にしていたかと思いながらも、落葉樹の保水力が黒鉄を嫌うヘビを守り山を守っているように感じました。
早めの昼食はコンビニのおにぎりと、久々に火の入ったガソリンストーブに鍋をかけて準備してもらった粕汁をご馳走になり、帰り路は数百段もある坂を一気に下って道沿いの鳩ヶ湯温泉に寄る余裕がありました。源泉温度22.5℃の硫黄炭酸泉は加温されて思いのほか快適で、秘湯巡りのロケ地のような軒先で涼みながらのおろしソバにも満足しました。







posted by 丹保社労士事務所 at 2006年12月02日 | スモールトーク

寺山修司記念館

三沢市にある寺山修司記念館のタイトルでは「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」となっています。しかし、私が憶えていたのは「マッチ擦る海峡に霧深し見捨つる程の祖国はありや」、こんな歌だったのです。“海峡”の部分は、大間崎から乗ったフェリーの風景が重なってしまい間違えていたようです。ただ、この歌の「みすつる」が“見捨つる”なのか“身捨つる”なのか、祖国のために身を捨てることを想う寺山修司のイメージが成り立ちません。身を捨てるに値する祖国を求めたのか、それとも、見捨てようにも心の内には捨てるべき祖国がないことに気づいたのでしょうか。
私が子供の頃はまだ、特攻隊で出陣せずに終わったという先生や台湾でタカサゴ族(先住民)を教化したという経歴の先生達が残っていて、“死んだつもりで新しい国をつくる”と話されたことを覚えています。“新しい国”の平和憲法しか知らない私にとって、憲法の改正とは祖国が消えてしまうことのように感じています。微かな思いではあっても捨てようのない自分の国があることは確かです。







posted by 丹保社労士事務所 at 2006年10月01日 | スモールトーク
 銀塩フィルムやフィルム式写真機の製造中止の発表が相次いでいます。デジタルカメラが普及したためで、自分でもここ一年ほどはパソコンの画面と映像添付メールの送受信で済ませてしまい、写真屋さんへプリントに出さずフィルムも使うことがありません。でも、森山大道や中平卓馬のアレ・ブレ写真で目覚めた者にとっては、ザラザラとした粒子の銀塩写真にはこのまま消えて欲しくないという思いがあります。時間をおいて記憶を成長させるようなスライド写真にも残っていて欲しいという思いがあります。
 父の形見のようになってしまったキャノンのF1は、手入れもしないまま二十数年が経ちますが、このフォーカルプレーン式シャッターは今でも金属音を残して作動します。このずっしりとした鉄亜鈴のような写真機を手にすると、露出計の電池も切れシャッタースピードに正確さは期待できないので、高感度のモノクロフィルムをセットして暫らく何処かへ旅に出たくなるような衝動を覚えます。







posted by 丹保社労士事務所 at 2006年10月01日 | スモールトーク

ツーリング

 もう随分と昔の夏のことですが、京都まで旧道を使って、日帰りのツーリングに出掛けたことがあります。私はクランクケースにオイルの滲んだホンダのバーチカルツイン、連れはボイラーサウンドが響くヤマハの2スト水冷、ともに中古の250CCでした。早起きしてスタートしたのですが、事件は途中の峠道で起こりました。ヤマハのクラッチが効かなくなったのです。アップダウンの多い道を、回転を合わせて騙しながらギアチェンジして、何とかバイクショップの看板を見つけたものの、クラッチワイヤが切れているのにお盆休みでパーツが入らないとのこと。
 どこかに在庫があるかもしれないと、少し戸が開いていた自転車屋さんに入ってみると、ステテコの親爺が箸を握ったまま奥から出てきて、事情を話すと、「飯を食うまで待て」と引っ込んでしまいます。時間の無駄かと思い始めた頃、着替えて出てきた親爺はさっと修理を終えてしまいました。「昔はこうやって部品を作ったものだ」と、当たり前のことのように話してくれました。実は、店の奥に引っ込む前にハンダごての電源を入れて、こてが暖まるまでの間に飯と着替を済ますという段取りだったのです。おかげで何とか銀閣寺までたどり着き、使い込んで燻し銀のようになったイーハトーブのお出迎えをうけて無事に引き返しました。







posted by 丹保社労士事務所 at 2006年08月01日 | スモールトーク