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丹保敏隆
代表 :丹保敏隆
[ 丹保社会保険労務士事務所 ]
石川県小松市日の出町一丁目112
HOWDID118-202
TEL 0761-24-1005

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いま在る環境の大きな変り目

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 気がつけば事務所の置かれた環境が大きく変わり、社会保険労務士事務所として今これに対応すべき時期に来ているように思います。本来ならば、昨年、開業から十年を迎え移転から2年を経過して落ち着くべきところで電子申請に取り組みたいと考えていました。しかし、母親の住む土地の立ち退き問題を放置できず、膨大な時間と費用を奪われてしまいました。母が施設に入居して身の危険も和らぎ少し落ち着きましたが、事務所の体制整備には一年ほど遅れをとったようです。今年に入ってマイナンバー対応も社労士業界の課題となり、一気に整備すべき時期が来ました。事務所の経営環境だけでなく地域の雇用環境も大きく変わりつつあり、そのためにも関与先の皆さんに何かすべきと考えていたところです。そこへこの春に中小企業庁から「小規模事業者持続化補助金」の募集があり“石川中央労務研究所”として応募し、7月に採択された旨の通知を受けました。その内容はこれまでの給料計算など事務代行業務に加えて、これまで以上に企業のヒトづくり「人材育成」を積極的にサポートしようというものです。パート・アルバイトに頼るビジネスモデルを見直し、永く“働くヒト”による業績アップを目指す長期的取組へのシフトです。賃金制度・評価制度が固まっている企業であれば、人事制度PDCAサイクルに「人材育成」をきちんと組み込むことで効果的な運営ができます。企業を強く元気にする取り組みとして近くご案内したいと考えています。また、経営情報・労務情報についてこれまで以上の内容でお届けするよう心掛けていきます。ご期待ください。
posted by 丹保社労士事務所 at 2015年07月31日 | スモールトーク

会津のお城にソースかつ丼

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 通行止めの磐越高速道を途中で降りた会津の町に復元された若松城天守閣、歌曲「荒城の月」のモデルの一つと言われ、クーデターに敗れて都を去った城主が1ヶ月に及ぶテロリストとの籠城戦を経てボコボコになって開城された後の会津鶴ヶ城の古い写真を見ると身も心も凍てつく思いがします。「明日の夜は何国の誰かながむらんなれしお城に残す月かげ」の歌はこの姿を知らずお城の白壁に刻まれたのか、亡き弟の仇討ちと形見の装束で身を固めた女傑山本八重は元込七連発スペンサー銃を操り、土佐からの先鋒板垣退助を釘付けにし薩摩からの援軍大山巌の急所を僅かに外して退け、連日に亘り数千発といわれる砲弾の雨の中を生き延び生まれ変わったかのようです。忠義に厚く薩長を容認しない会津を潰すことがクーデター完了の象徴だったともいえます。奥羽越同盟軍が敗れ時を経て偽官軍偽錦旗偽天皇など勝者が肯んずる筈もなく「勝てば官軍」の言葉通りです。和睦の申出を拒絶し挑発を繰り返しながら無尽蔵の農民奇兵を送り込み消耗戦に持ち込む手法はその後の明治政府のプロトタイプにも見えます。一方では、白虎隊自刃の悲話の心情もまた玉砕の精神に引き継がれたようです。さて、高速道路を降りて食べたのは、喜多方ラーメンとソースかつ丼と山菜そば、一度に食べたわけではありません。不思議だったのがソースかつ丼で、福井と比べてカツが大きく一切れ、刻んだキャベツはたっぷりと敷かれていて、ご飯は粒がスクッとたった口あたり。会津と越前、離れた土地ながらいずれも洋食起源説であり、言葉の訛り具合が似ているが松平つながりでもないだろうとビールも頼んで考えてみました。
posted by 丹保社労士事務所 at 2015年06月28日 | スモールトーク

大聖寺まち歩き流し舟

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 大聖寺のまちを歩いて案内してもらいました。十年ほど前から続いている研究会で「大聖寺のまちづくり」をテーマにコンサルタントの能宮さんにお話し頂いたのですが、そのスピンアウト企画として研究会メンバー数名で実際に歩いてみることになりました。私は子供の頃に父から昭和九年の大火事のことを何度も聞かされ、ハローワークや市役所など仕事でも行く用事の多い町で、知らない町ではないのですが、車で走り回るだけで自分の足で歩くのは初めてです。200年前の古地図で歩ける「大聖寺まち歩き」ということで、独りで歩いていては分らないような話を聞きながら南加賀江沼の城下町を散策できたのは貴重な体験です。蓮如の吉崎御坊・一向一揆が滅ぼされ前田家の利常三男の利治が初代大聖寺藩主ということですが、数で優る前田利長と激戦を交えた秀吉の家臣で錦城山大聖寺城主の山口玄蕃もこの町で親しみを持って語られていました。遥か江戸時代の初めに廃城されても大聖寺のシンボルのような存在になっている錦城山は散歩するには険しい坂道ということで、ガイドして頂いた能宮さんはここで山登りのトレーニングを重ねているようです。もう一つ町の特徴なのが大きく蛇行して流れる旧大聖寺川で、この川端に藩主の休息所とされる長流亭が大火を逃れて江沼神社に残されています。宮司の話では昭和の修理に隙が出ても創建当初の造作に狂いは生じていないそうです。そのころ突然に廃窯となったのが古九谷ということで、県立九谷焼美術館が建てられています。中の喫茶店でお茶を頂いて、この日のまち歩きは解散になりました。
posted by 丹保社労士事務所 at 2015年05月26日 | スモールトーク

シングルズーム×単玉パンケーキ

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 長く使っていた写真機が壊れてしまい、ここ何年かはカメラを持たずに、アイポッドやタブレットで写真を撮っていました。短玉ワイド側だとパンフォーカスで感覚的には気楽に使えて、フェイスブックなどとも連動し易くていつも持ちあるいている便利さはあるのですが、撮ったあとの写真の出来上がりはもの足りないものでした。それ以上に、写真機ではないのでファインダーがなく、ディスプレイを睨みながら画像を確認することに馴染めず、撮影する楽しみという意味で頼りなさを感じていました。単車や写真は機械に深入りしないつもりで思案しながら、毎月この石川中央労務通信の表紙をお願いしているエンプティの武内さんに一眼レフを探してもらうことにしました。小さめのコンデジかミラレスの一眼に単玉パンケーキとスポーツファインダーも面白いかと考えながら、ゆとりがあるときにタブレットと併せてサブ的な使い途があるかもしれないというところで、ここは普通のデジタル一眼レフに絞り込みました。でも、銀塩写真から進化が止まって化石化した状況下にいる者にとって、フィルムの世界でフジが残りコダックが消えたことは分かっても、キャノンが事務機でオリンパスが医療機器でミノルタがプラネタリウムで伸びていても、デジタル化された一眼レフは何を選んでいいやら分りません。それで、イチオシが一世代前のペンタックスでした。新鋭機の装備は知りませんが、レンズはズーム一本で十分なレンジがあり、手に持った感じも程よい重さとバランスで縦位置も取り易く、とりあえず距離や露出はオートで使えるので不足はありません。更に望みをいえば、レンズは明るく小さい方が勝手がいいし、ボディは大きい方が手に馴染むし、キリが無いかもしれません。海で使えると一番いいのですが、これは今のレベルでは別の機材になりそうです。ここしばらく、気候も良くなってきたので、ドライブがてらにカメラを持って撮影できる日をつくりたくなりました。
posted by 丹保社労士事務所 at 2015年05月02日 | スモールトーク

マイナンバー マイナンバー 他人のマイナンバー

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 国民生活を支える社会的基盤として社会保障税番号制度を導入ということで、住民票を持つ全ての人を対象に個人番号を付番する所謂マイナンバー制度が2016年1月から施行されることになっています。企業は官公庁や自治体に提出する書類にマイナンバー記載を義務付けられ番号管理が厳しく要求されるようです。利用は給与所得の源泉徴収や健康保険・厚生年金保険・雇用保険の被保険者資格の取得・喪失などに限定され、漏洩など違反行為には個人情報保護法とは異なり情報保護委員会による監視の下で罰則も科されるということです。限られた時間の中で施行に向けた対応を準備することになりますが、マイナンバーに絡むことの多いのが社会保険労務士のようです。社会保険労務士事務所としては各企業からの委託を受けて番号管理をすることになりますで、個人あてに番号通知がなされる今年10月までにはある程度までの受け入れ態勢を整えておかなくてはなりません。企業としてはマイナンバーの取得収集確認と本人の実在確認をしたうえで社会保険労務士事務所に引き渡すことになります。ただ、実務上は従業員本人だけでなく年金三号配偶者の届けや健康保険扶養親族の届けには本人以外の番号も必要でしょうし、健康保険の給付請求で本人以外の人だと勝手に番号を使っていいのかという問題もありそうです。社会保険労務士事務所として確実に業務を進めるため、これから半年ほどは、e-Gov.といわれる電子申請システムへの対応と併せて、マイナンバー制度への対応に手間をかけなくてはなりません。 
posted by 丹保社労士事務所 at 2015年04月02日 | スモールトーク

南下の夢

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 事務所がJR小松駅の近くに移転して3年目になります。駅に近い事務所でも、仕事がら普段の移動は全て自動車で、スタッフの通勤も自家用車です。たまには鉄道にも乗ってみたくなり、福井まで出る用事をつくって越美北線に乗り換え、大野から終点の九頭竜湖まで足を延ばしてみました。小松から福井は北陸本線で、サンダーバードだと通過するだけの駅に一つずつ停車し、沿線の市町村は合併して名前が変わっても、駅名の多くはずっと変わらず残っていることに何となく安心します。動橋あたりから石川福井県境の大聖寺、牛ノ谷、細呂木、と乗客が少なくなって、そのあと少し混んできたところで福井駅に到着です。福井と言えば越前ガニと三方梅、そしてソースかつ丼におろし蕎麦です。まだやっているのかどうか駅ホームの今庄そばを気にしながら、駅構内のお店でソースかつ丼とおろし蕎麦のセットメニューを食べてしまいました。満腹で乗った二両編成のディーゼル車が越美北線を走ります。遥か岐阜からの越美南線と結ぶ計画は長い夢のまま九頭竜湖駅で終わるようです。福井駅を発ってしばらく本線と並行し、花堂駅から南下し始めると架線がないので視界が広がって見えます。この日は積雪が多いせいかワンマン表示の車両にも乗務員が二人乗り込み、五分ほどの間隔でここまめに各駅で停車しながら賑やかな警笛のサービス付でした。大野駅を過ぎると車内がひときわ寂しくなり、窓から見える積雪はトンネルを出るたびに深まって、その雪の中に埋まったホームの除雪と整備の様子からこの鉄道が大切にされていることが窺えました。同じ車両で引き返さないと日が暮れるので、乾燥舞茸をお土産にして急いで車輌に戻りました。
posted by 丹保社労士事務所 at 2015年03月01日 | スモールトーク

本気で電子申請

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 e-Gov.といわれる電子申請システムですが、厚生労働省もいよいよ本気かと思うようになってきました。私自身はこれまで何度か取り組んで、そのたびに匙を投げてしまいました。最初のころは、電子申請のシステムが社会保険と雇用保険と労災保険とそれぞれ違っていて複雑なことに加えて、これを整理する必要もあったのでしょうが、度々、システムに変更を加えたりシステム自体を更新したりと面倒なうえに不安定なものでした。実際にやってみようと準備して申請手続をしてみたら、二度目に申請する前に大きくシステムが変わってしまい、ただでさえ慣れない申請手続きに手間取ったことは当然ながら、慣れる前にシステムの変更に時間をとられてしまい、多少の時間がある時期ではあっても手書で手続きをした方が遥かに楽で早かったのです。その後、システムも使いやすく統一され申請のためのソフトが販売されるようになって、実用的になったと考えてアプリを購入しましたがまだ大きな問題がありました。事業主の電子証明は包括委任で整備されて使い勝手は改善され、残る問題は添付を求められる証明書類でした。これまで個々の従業員の関わる手続きはそれぞれの認印を求められたことから、従業員の電子証明を必要とする手続きは実質的にできないと思われましたが、これはPDFをデータ添付することで解決されました。国の施策に応じることでコストアップになり、もしかしたら行政のリスクを負担することにもなりますが、今がタイミングだと考え事務所として電子申請に取り組みます。
posted by 丹保社労士事務所 at 2015年02月01日 | スモールトーク

金沢どまりの新幹線

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 求人を出してもなかなか応募がないそうです。景気が良くないと言われながらチャンスは手の届くところにあって、何かしようとすると人手不足で事業展開を抑えたり縮小を考えたり、仕入を制限しながら売上計画を下方修正せざるを得ない企業が増えてきました。少子高齢社会とはこういうことかと思っていたら、この原因について新幹線開通説も理由のあることとして聞きました。この3月には金沢まで北陸新幹線が開通し、このタイミングで金沢周辺ではお店の改装など盛んですが、オープンに合わせてパートやアルバイトの求人が増えたので応募者が流れているに違いないという考えです。実際には来春の大卒も高卒も就職率が改善されていて、北陸では新幹線関連も合わせてそれなりに安定して仕事ができるようになったように見えます。もともとが積雪の多い地域でありながら降雪量がだんだん減ってきたうえに除雪対策が行き届いたことで、ここのところ完全に道路や交通機関が止まるほどの事態に至らず、その他の大きな自然災害も少ないこともあって、地域の産業が全体的に安定して人を雇う力を蓄えているようです。これから新幹線が開通すれば関東圏に金沢の魅力をアピールする機会が増えて観光面でのプラスも期待されますが、関西圏とのつながりの強かった南加賀でもこれまでの蓄積を活かして金沢から一歩先に足を延ばしてもらいたいところです。木場潟など環境への影響や新幹線駅と離れた小松空港の位置づけなど不安も出ています。できれば、ここで働きたいと考える人たちが各地から集まってくるようになると、新幹線が開通することの値打ちが出るように思います。
posted by 丹保社労士事務所 at 2014年12月30日 | スモールトーク

大正生まれのサムライたち

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 放送作家になった経緯から始まり“探偵ナイトスクープ”の話で終わるのかと思って聴いていた百田尚樹さんの講演は、忘れ去られた日章丸事件の資料を手に入れ小説「海賊とよばれた男」を書き上げるに至るまでを父親の話を交えながら涙の締めくくりでした。石油を自由に輸入する事が困難なためペルシャ湾にタンカー日章丸を極秘裏に送り込み、偽装して海上封鎖も突破して事実上まだアメリカ統治下の日本に無事に帰港したということで、石油の国有化を宣言したイランに事実上の経済制裁・禁輸措置を執っていたイギリスに“喧嘩を売った”出光興産と日章丸船長そして取り巻く財界・政界・官界のサムライたち、当時は大騒動だったこの事件がなぜ忘れ去られ消え去ったのかも作者の課題のようでした。この話の登場人物の多くを実名で書いたということですが、大正生まれの人たちであり、大東亜・日中・太平洋戦争で命を落とした多くは大正に生まれた人たちであり、大正に生まれた人の何割もが戦死しているということです。そして、大戦後の復興に力を尽くしたのも大正に生まれた人たちであって、彼らが何もないところから今の日本を築き上げることができたのは、共に還ることのなかった友への想いが支えとなったことを熱く説いて話が終わりました。明治と昭和の間に挟まれた十余年の大正生まれは戦中世代、昭和12年の日中戦争の開戦時に十代から二十代なかばの世代です。何も知らずに戦地へ赴いた出代ではなく、軍国日本ではあっても開戦前の平和な時代を知っていた人たちです。遥か先に光を見ることができた人たちであり、心の奥底に支えを失うことのなかった人たちです。私にも大正生まれの父が少し見えたように思いました。
posted by 丹保社労士事務所 at 2014年11月28日 | スモールトーク

昼の散歩

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 石川県社会保険労務士会が受託した医療労務管理アドバイザー事業の相談業務を担当して半年が経ちます。小松支部からの相談員が誰もいないということで、会長から打診を受けて、時間的な拘束度合もよく分らないままに引き受けてきました。これまでのところ業務量はさほど多くなく、事業の立ち上げの段階なので相談件数はまだまだこれからというところのようです。人の生命や健康にかかわる医療の世界ですので時間だけで割り切ることのできない業務が多い一方で、医療の現場にいながら自分の体のことを相談することがないままに症状を悪くしていることも少なくないとのことです。医師も看護師も不足気味の時代にあって、せっかく時間と費用をかけて育成された医療従事者にできる限り長く有意義に勤務してもらう仕組みをそれぞれの医療機関に考えてもらうのが自分たちの役割と思い取り組んでいます。「労務管理」と割り切る訳にいかない業務でありながら、自分の命や家族との生活を犠牲にすることなく、医療を必要とする人に十分なサービスを提供できる環境の整備が課題になります。
 まだまだ、実際には長時間かけて相談に対応する段階ではなく、天気のいい日には相談会場から昼食がてら犀川の堤防沿いを散歩しています。半年ほどですが、春には桜並木が花を咲かせ、蛇が日向ぼっこしていたり、夏には花火大会の幟がはためき、アオサギが川面を覗きこみ、秋に入ったら雉が道を横切っていきました。少しずつ業務が増えてくるとゆっくり昼食を摂ることも難しくなるかもしれませんが、もう暫らくは気候のいい日にお昼の散歩を楽しめそうです。
posted by 丹保社労士事務所 at 2014年11月16日 | スモールトーク