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丹保敏隆
代表 :丹保敏隆
[ 丹保社会保険労務士事務所 ]
石川県小松市日の出町一丁目112
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デク廻し古浄瑠璃

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 数えてみると十年以上も前のことです。雪を被った妙高山を白波が走る日本海上から眺めて初めて佐渡に渡りました。トキを見ることができるかも知れないというほか、特にあてがあった訳ではありません。ただ、印象に残ったのはミズガニみたいに軽い紅ズワイと随分と力の入った人形芝居の展示でした。紅ズワイはこれが初めで最後ですが、この佐渡の人形芝居と尾口村の木偶廻しとが同じ会場でコラボして公演という案内があったので、自宅に近い会場でもあり早めに仕事を切り上げて見に行ってきました。国立劇場で上演するような文楽は見たことがなくて比べ様もないのですが、程度の差はあれシンプルな構造の人形を体ごと揺らして使い、繰り返し足を踏み鳴らして盛り上げる舞台はその場に居てこそ伝わるものでした。多くの人に見てもらうために、飲食禁止のホールでの上演でしたので、椅子に座って舞台を見上げる位置でした。尾口村の東二口の集落で実際に上演されるのはいちばん雪が積もる2月、幕で仕切った舞台を畳の上で弁当など食べながらじっくりと座ればもっと楽しむことができそうです。きっと、村が栄えたころには、旅回りの芸能も有ったかも知れませんが、上方で教わった人形使いを楽しみに、雪の下で多くの人達が集まって冬の時間を過ごしたことと想像します。しかし、高齢化して世帯数も十数戸の限界集落とされる東二口の村では、木偶廻しを演じる人たちの手も足りず一人で何役かこなしながら辛うじて上演を維持しているそうで、抱える不安は後継者不足というレベルを超えて集落の存続が課題になるほどの深刻さです。
posted by 丹保社労士事務所 at 2014年09月30日 | スモールトーク

快適な社労士試験

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 久し振りに社会保険労務士試験の監督をしました。今年の試験は第46回目ということで、従来は金沢駅に近い予備校や専門学校を会場にして行われていた試験は、前回から金沢市南郊の野々市々にある金沢工業大学に場所を替えて実施されています。金沢駅前と比べると交通の便にはやや難があるせいか、昨年の合格率が極端に低くなったせいか、景気が少し上向いて試験への関心が薄くなったせいか、理由はよく分りませんが受験者の数は少し減ったようです。その分、最後まで頑張って試験をあきらめない人が多かったような気がします。これは、空調や採光・照明・音響など試験室の環境が良くなり試験に集中できたことが理由かもしれません。試験監督をしていても暑すぎたり冷えすぎたりというほどの様子は見うけられず、受験された皆さんは一年間の努力の成果を十分に発揮されたのではないかと思っています。残念だったのは、午前の択一式の問題にも、午後の選択式の問題にも、試験問題の一部に誤植があったということで正誤表が配られ、受験する立場からは随分と迷惑なことになってしまいました。私が監督を担当した試験室は他の部屋と比べて欠席者が多くて受験者の顔を見やすく、眺めているとどこかの研修でお会いした方かと思ったり、訪問させて頂いた企業のご担当者のような気がしたり、お声をかけてみたい気持ちを抑えながら無言の一日でした。当然ながら、試験日当日に試験会場で特定の受験者と親しく会話はするべきではありませんので、会場では知り合いと顔をあわせても何もない様子で行き交うだけですが、試験終了後に合格点まで見込めそうな方からメールを送ってもらい、今から合格発表の日が楽しみになってきました。また、これも当然のことながら、担当の試験室では不正行為もトラブルもなく無事に一日の試験を終えたことに安心しました。
posted by 丹保社労士事務所 at 2014年08月31日 | スモールトーク

砂の岬

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 ワールドカップ・サッカー・ブラジル大会では日本チームが早々に敗退してしまい、ちょっと寂しく朝のテレビ中継を見ていました。つまらないので、開催国ブラジルということで売りに入ったのか、「ブラジルの声」ミルトン・ナシメントのCDが安く出ていたので一つ買ってみました。40年以上も前の「クルビダエスキナ(街角クラブ)」というこの方面ではかなり評判のアルバムです。鉄条網のジャケット写真に引かれたのですが、内容はミナスジェラエスの仲間たちとの雑多で豊かなメロディにポルツガル語のボーカルが乗ってきます。ブラジルというと想うのはサンバやボサノバですが、聴いたのはもっと別のブラジルでした。
 さて、地球では日本の裏側にあたるブラジルに夏も冬もないかも知れませんが、こちらは暑くなってきました。気象台の梅雨明け宣言など気にせず、雷がやんだらセミが鳴き始めました。夏休みということもあり、海にも山にも多くの人がでています。ここ30年ほどのうちに最高気温が上がっていているそうで、家の戸を開け放って昼寝するより車で海や山に出かける方が楽になっているように思います。かつて、海岸沿いの砂丘地に松林を作って防風と砂防に備えた時代を知る人からは、松林を通過した浜風はエアコンより心地よかったと言われました。早起きしてお昼前にたっぷりと仕事をしてから、昼ご飯を食べた後はこの風にあたって昼寝して、陽射しが和らいだ頃にもう一汗流し、日の暮れ前の凪いだ海で体を冷ましてゆっくりと夕ご飯をすませる、40年前のブラジルの声が記憶のどこかに残っているような気がします。ブラジルの砂の上を歩く機会はないかも知れませんが、せめて、ゆったりとした海の風を体に感じる時間を大事にしたいと思います。 
posted by 丹保社労士事務所 at 2014年08月28日 | スモールトーク

人力ナビ

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 一度は行ってみたいと思いながらなかなか行く機会のない出雲ですが、今年こそと二泊三日の計画を立ててはみたものの、やはり無理をしないということで行先が伊勢に変更になりました。車でのんびり走るつもりなので、もうじき舞鶴若狭自動車道が開通する予定もあり、それからでも遅くないとの結論です。梅雨の前半なら伊勢でも強い雨には遭わないと見込んでいたところ前の週末は豪雨のニュースが流れて、梅雨明けには早過ぎるし時期を誤ったかと様子を見ているうち気象予報はベストコンディションになってきました。出発は夜の明けるのが早いので準備も楽で、日中の陽射しが上から来るせいで車内への直射が少なく普段は小言の多いナビもご機嫌で、車から出ればまだ風には心地よい涼しさがありました。少し時間的にゆとりもあるのでルートをどうしようかと相談していたら、知多半島の半田市にある新見南吉資料館まで行けないかという話になりました。それなら、もっと先の羽豆岬までと変な考えが持ち上がり、調べれば、師崎から伊良湖、伊良湖から鳥羽、乗り換えですがフェリーが通っていることが分りました。なぜかバスより船を好むナビもすぐ同意して、船旅を交えてのドライブは気分的にもゆとりたっぷりのコースになりました。途中、名古屋市内のルートが不安でしたが、地図を読めない助手席のナビとタブレットPCでも無事に通り抜け、乗り換えで待ち時間を考えず到着が遅くなった鳥羽港も日没には時間を残し、伊勢に入るのは次の日にしてこの日は伊勢海老を食べて温泉に浸かって、いつも以上にのんびりとした時間を過ごすことができました。
posted by 丹保社労士事務所 at 2014年07月05日 | スモールトーク

港に本屋さん

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 日が長くなり天気がいいと夕方は明るいのでどこか寄り道したくなります。外の風が気持ちよくなり、久しぶりに港の様子を見に行こうかと思っているとき、フェイスブックで金沢港に「Logos Hope」という洋上書店として活動している船が寄港中という書き込みがあったので、仕事帰りに夕涼みを兼ねて乗船しました。乗組員は世界45ヶ国からのプロテスタント系ボランティアだそうで、人材が育成される貴重な機会として乗組員の子供たちも一緒に新しいスキルを習得し、多くの人達が2年かけて奉仕活動をしながら航海しているとのことでした。
 平日の夕方だったので待つこともなく乗船しましたが、あとで聞くと休日はかなりの混雑で待ち時間が長かったようです。長崎に寄港した後に金沢に回ったので、日本にはそれなりに慣れた感じの受付を済ませてボードを渡ると、船内では日本語が通じる雰囲気ではありませんでした。デッキまで出るには別料金のツアーへの申込が条件ということで、甲板に出るのは諦めて船内の書店へ直行し宗教関係の棚を通過してから、視覚的に分り易いので立ち止まったのは世界地図のブースでした。かなり詳しく書き込まれた中東の地図を眺めながらも購入することなく出口に向かいました。一人でプチカフェのケーキも落ち着かないかと思っていると、そこで声をかけられたのがFBに書き込みした知人で、ずいぶん長い時間を店内で過ごしたようです。みると、船内で買ったのはやはり地図でした。Spratly Islands南沙諸島、Paracel Island西沙諸島の表記表示も地図により違うのも面白く見ることができました。
 下船して振り返るとこの船は右舷を接岸して停泊していました。船は左舷を港に接岸するので左側をポートサイドと呼び、かつては右舷に舵がつていたので右側をステアボードサイド、舵を壊さないようステア側は接岸せずボーディングは左舷というのが船や航空機の長い伝統と教わった万年初心セイラーにとっては一つの謎を抱えたロゴスホープです。
posted by 丹保社労士事務所 at 2014年05月29日 | スモールトーク

小松商工会議所フォローアップセミナー

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 小松商工会議所に於いて平成26年5月22日にフォローアップセミナーを開催しました。小規模企業での人材育成は、年齢構成がピラミッド型を形成しているわけでなく、採用が定期的になされているわけでもなく、ときには上司と部下の関係(指揮命令系統)も不明瞭なことがあって、なかなか人の成長やキャリア形成を企業の発展につなげる視点での研修が難しいように思います。さらに、中途採用が多いと、他の会社での経験や思い込みがそのまま自社で通用するものと疑うことさえしない従業員もでてきます。今回の私たちのセミナーは高度な技術を覚える研修ではありませんが、これから企業で長く働けるよう仕事を覚えるための基礎スキルを身に着けることをめざす研修として、若年社員・新入社員を中心的な対象としてセミナーを開催しました。
 新聞社の取材で記事にも出していただきましたが、このセミナーでは石川県内各方面から様々の立場の人が交代で講師を務めることで、受講者の方にとっては退屈せずに立体感のある研修を体験できたことと考えています。かつては、東京や名古屋・大阪から専門インストラクターを呼んで華々しくセミナーを開催したり、宗教的な洗脳のような激しい擬似儀式を体験したり、かなり高価な研修に人気があった時代があったようですが、身近に潜む異色の人材から発せられる言葉を映画を見るくらいの料金でまる一日とおして聴くことができるのは、ある意味、贅沢なセミナーだったのではないでしょうか。若年者について、挨拶は勿論のこと、ごはんの食べ方、風呂の入り方まで教えてほしいという、中小企業経営者からは厳しい注文もきます。プレイング・マネージャーとしてリーダー・クラスの成長を期待するする声も多くあります。人材育成の成果をどこで見るのか、私たちの課題も抱えながら、次の研修を企画するのが楽しくなってきます。
posted by 丹保社労士事務所 at 2014年05月23日 | スモールトーク

福祉法人の立ち上げをめざして

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 会議中で電話を取れず、後で見ると登録のない番号からの着信履歴が残っていて、誰かスマホに切り替えたとき番号も変えてしまったのかと思い電話を入れてみました。平日の日中なので怪しい人とは思わなかったのですが、声を聞いても名前を訊いてもすぐには誰か判りませんでした。話してみると、前に勤めていた会社の取引先からテナントに派遣されていた人ということでようやく納得することができました。先方もそのつもりで「分かるかな」という感じで、その当時の同僚から連絡先を聞いて電話したということでした。お互いに仕事も変わり居場所も分からなかったのですが、今は障害者の福祉施設の立ち上げを考えているそうで、業務経験はあっても法人の設立や経営については何も分からず、その相談に乗ってほしいということでした。資金計画や融資についても不安を抱えていて各方面から支援が必要なことが伝わってきました。
 福祉施設の民営化やノーマライゼーションの流れのなかで、公的な施設では限定的な収入と高額な人件費のため財政的に負担が重くなっているようですが、先行した大規模な施設では補助金を利用して業務を拡大しているところもあります。利用者の立場からすると、身体障害者だけでなく知的障害者や精神障害者も含めてその個性にふさわしい生活を目指しながら、行政や施設の方針に振り回されているというのがそこで働く人の心情のようです。利用者の同意を取るといいながら、Noと言えないのでYesと言う障害者と現場で接して、彼らのために自分にできることが多くあると考えて決心したということです。ただ、福祉事業は経営の安定のためにも社会福祉法人の設立を必要とするところが多くあり、そのためには寄付を受けるという形での資金集めが必要になりますし、法人の役員として支援を引き受けてもらえるような人集めも必要になります。何千万円かの資金は制度的に借り入れできる見込みが立っているので、施設資産の確保と運転資金の出資を手配できれば施設利用者と運営スタッフを募集するという段取りです。相談された私の立場からすると、法人設立の熱い想いを折ることなく気持ちだけが先に行き過ぎないよう着実に足元を固めて前進をサポートすることが役割かと考えています。一方では、成り行きによっては計画の断念を提案するのももう一つの役割と思っています。
posted by 丹保社労士事務所 at 2014年04月30日 | スモールトーク

工業団地で入社員研修

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 新年度が始まり、各企業では新卒社員の受け入れ時期になっています。リーマンショック以後しばらくの間は採用を控えていた企業も次第に新卒採用を増やし、小規模企業ではだんだんと採用が難しくなってきているようです。何年ぶりかで研修実施の依頼を受けた粟生工業団地組合の新入社員研修では、例年になく研修受講者が多く、新鮮で活気ある受講生が会場いっぱいに集まりました。二日間かけて実施した研修では、企業人として長く勤めるために必要とされる基礎スキルと基本マナーに重点を置いて、自律的な社会人となることを目指して5人の講師とともにトレーニングを積みました。この団地組合では、見習いが解けて本採用となる6月にはフォローアップ研修も予定されており、講師陣も次の企画に取り組んでいます。できればもう一度、4〜5年して今年の受講生の人たちが成長した頃に、中堅社員として次のステップを目指す研修を実施できないものかと考えています。なお、5月には小松商工会議所で若年従業員を対象とした企業人基礎研修を企画しています。企業が人材育成のために必要とすることは少なくないはずですので、今後まだまだ求められることが多くあると考えています。
posted by 丹保社労士事務所 at 2014年04月11日 | スモールトーク

駆け込み工事

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 消費税率がアップするということで、いつまで経っても忘れられないのが住宅工事にかかる消費税の負担です。税率3%でも工事価格1,500万円に対して税額は45万円になります。この工事の支払いに住宅ローンを組むと、利率が6%の時代なので当初は年間90万円の金利負担になりました。毎月8万円の返済をすると1年で96万円ですので、元金の返済は6万円ほどにしかならず、消費税の上乗せ分45万円のために670万円を7年かけて支払ったような気がします。今は金利が下がっているのでこれほど極端ではありませんが、それでも工事価格1500万円ままとしてその8%なら120万円の税額が上乗せされることになり1年のうちに消費税分の支払いを終えることは難しいのではないかと思います。
 消費税については、ひと頃、申告による戻し税ということが言われていましたが、この頃は行政サイドの裁量による軽減税率の採用が前面に出ているようです。個人的な体験からすると戻し税なら自然に納得できますし、パソコンが当たり前になると手続きも簡略化できるように見えます。1年に一度だけ確定申告の時期にしかできない住宅取得控除をなくし、健康保険の高額療養費の戻しのようにその都度の還付申告でも対応できるなら、計算上の金利負担も軽減されることと考えられます。もしかしたら、医療費について軽減がなくなれば現行の医療費控除の仕組みより消費税還付の方が分かり易くなるかもしれません。
 そんなことを考えながらですが、税率がアップする直前にギリギリ何とか自宅の補修工事も着工してもらい、金利も少し低めに抑えてもらってローンを組むことができました。税額の控除を受けるほどの工事ではないので税制のメリットはなく、当面はローン返済に力を入れて支出削減ということになりそうです。消費税率アップが景気を抑制することをここで実感しています。
posted by 丹保社労士事務所 at 2014年04月01日 | スモールトーク

長生きの値うち

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 立退要求。「ここまで長生きしてもいいことはない」…90歳を超えた自分の母からこんな言葉は聞きたくありませんでした。法務局の事業ということで、昨年一年かけて私の生まれたところであり今も母が住んでいる土地一帯の測量が行われ、自宅の敷地の中に登記をしていない地番が一筆まるごと入っていることが確定しました。それ自体が不可解なことであり何かの間違いだろうと思っていたところ、登記名義人から「直ちに建物を取り壊して立ち退き、土地を原状に戻して引き渡せ」との求めを受けました。年老いた母親の着物を引き剥がし洗って返せと言われているようです。母に確認しても「皆で間違いなく境界を確認して買った」「勝手に建てたのでなく建物ごと買った」「買ったものは自分のものだ」「誰かに騙されたようなことはない」と何度も同じことを繰り返すほかは、父の自転車に乗せてもらって何度も家を見に来たこと、父の同級生たちもお金を出し合ってくれたこと、祖母も永く住んだ村を去ることに同意してくれたこと、祖母の仏壇と仏具を持ってきたこと、村の人達も家の下見に来てくれて買う決心をしたこと、売主の奥さんが大きな機屋さんの娘だったこと、などなど限りなく昔話が続いてしまいます。ただ、困るのは「誰に聞いても分かること」と母が言うのですが、聞く相手が誰一人いなくなってしまったのです。東京で事業を始めたという売主夫婦も、当時は隣に住んでいた売主の親も兄弟も、騙すはずがないと母が信じきっていた人たちはもう誰も生きていないのです。残っているのは登記と建物。今となれば、70年か80年は経っていると思われる古い建物だけが母の話を分かってくれるのかもしれません。思いがけず自分が生まれる前のことを聴くことができたのは、これも母からのメッセージと思うと、やはり父と買い求めた家に長く暮らしてよかったと言ってもらえるよう私の役割が定まったということのようです。
posted by 丹保社労士事務所 at 2014年03月08日 | スモールトーク